2008年05月03日

傘がない

都会では自殺する若者が増えている
今朝来た新聞の片隅に書いていた
だけども問題は今日の雨 傘がない

行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ
君の町に行かなくちゃ 雨にぬれ
冷たい雨が 今日は心に浸みる
君の事以外は 考えられなくなる
それはいい事だろ?

テレビでは我が国の将来の問題を
誰かが深刻な顔をしてしゃべってる
だけども問題は今日の雨 傘がない

行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ
君の家に行かなくちゃ 雨にぬれ
冷たい雨が 僕の目の中に降る
君の事以外は 何も見えなくなる
それはいい事だろ?

行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ
君の町に行かなくちゃ 雨にぬれ

行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ
君の家に行かなくちゃ 雨の中を

行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ
雨にぬれて行かなくちゃ 傘がない

(ジャSRAックが使用料を求めてきたら払うわ~。それくらい大事だ。)


1972年の曲と思えないよね。
名曲は時を越える、ってか。

  
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2007年11月13日

『恋空』うんぬんかんぬん。。。

ケータイ小説





いやぁ、全く読まないで色々と言うのもアレなのでね。

映画とか公開してるし、その映画は神様ミスチル主題歌だし。
色々と力(リキ)入ってるようなので、興味本位です。

「読んで泣きました!」
「マジ泣けるけん!!!」

ほうほう、そうなのですか。

「この作品、ふざけないで下さい」
「稚拙としか思えない。」

ほうほう、そうなのですか。


で、オイラと言えば。


純、だなぁ・・・。と。

いや、全否定ではないんじゃないですか?
読者層(多分、中高生あたり)が想像しうる、または実際に経験した感覚ってのを読むことが出来るしね。
表現力が乏しいと言われる文体も、良く言えば読者に感情移入しやすくしている効果もあると思われるし。

ただねぇ。。。

やってる事はとんでもねーわな。まぁ小説だからしかたないけど。
「実話をもとに」(実際そんな訳無いと思うのだが)を、実際に真に受ける若者が現れない事を願うばかり。

恋だの愛だので全てを片付けてしまってるような感じで。

そりゃ問題ねーか?と思うのです。
道理だの倫理だの関係だの・・・考え出すオイラはもう旧タイプの人間なのでしょうか。

オイラと同じような事を思ってる人が発言してて。
それが、日本の種馬、加藤鷹のアニキ。
こんな事を申しておりました。

それがこの記事→http://news.livedoor.com/article/detail/3356945/


うーん。『恋空』ねぇ。
影響を天秤にかけたら、ちょいと悪くなるのかもしれません。

でも、やっぱりミスチルは・・・。
そしてガッキー可愛すぎる。



↑初めて聴いた時、一緒にいたみらが「何だか乾の恋愛っぽい歌だねw」と言ってました。
さして間違いではないです(汗)慈愛だよ、慈愛。(と言い訳してみる)  

2007年09月22日

私と小鳥と鈴と

わたしが両手をひろげも、
お空はちっとも飛べないが、
飛べる小鳥はわたしのように、
地面をはやくは走れない。

私がからだをゆすっても、
きれいな音はでないけど
あの鳴るすずはわたしのように
たくさんのうたは知らないよ

鈴と、小鳥と、それからわたし、
みんなちがって、みんないい。

(金子みすずは大人になると響きます。)

さ、素晴らしい週末を、お互いに♪

  

2007年08月31日

夏坂健 ~私の好きなモノ②~

突発的なこの企画第2弾。



2回目に紹介するのは、夏坂健という作家です。
2000年、65歳という若さでお亡くなりになりました。
彼は、ゴルフに関するエッセイを書き続けた人でした。

出会いは高校生の時。
当時の野球部部長が、おもむろに「これ、面白いよ。読むかお前?」と言うものですから、二つ返事で答え、借りて、それ以来、夢中。

その時出会った本が『ナイス・ボギー』でした。

今日はその中から、心がほのぼのとなる話を一つ、紹介したいと思います。
こんな話がたくさんある、彼のエッセイが好きで。
ゴルフを本格的に始めても、どの教則本よりも役に立つ・・・かも?


「親友たちの午後」

 サムの妻君から電話だ。
「支度を始めたわよ。お願い」
「何分ぐらいかかる?」
「十分後には、おたくの前を通ると思うわ」
「了解。まかせなさい」
 電話を切ったウィリー・キングは、家人に店番をたのむと、隣の自動車工場に走って
ジョージ・ハドソンを車の下から引っ張り出す。
「サムがくるぞ。すぐ支度してくれ」
「よし、何分後だ?」
「8分」
「忙しいこっちゃ」
 踵を返したウィリーは、ゴルフシャツに着替えてガレージに走り、手引きカートにキャディバッグを乗せると、いつものように隠れんぼうの子供そっくり、物陰にひそんで通りの気配を窺い始める。と、妻君の予告通り、赤帽子に赤シャツのサムが正面にあごを突きだした独特の歩き方で現われた。彼の派手な服装は、もし行方不明になったときの重要な手掛かりになる。過去に何度か、彼は自宅と反対方向に歩いてパトカーの世話になってきた。
 カートを引いたサムが次第に近づいてくる。するとタイミングよく、とぼけた表情のウィリーが物陰から現われて、いかにも驚いた声。
「おや、サムじゃないか!これからゴルフかい?」
「うん」
「こいつは偶然だ。俺とジョージもコースに出掛けるところ、よかったら一緒にどうだい?」
「うん」
「よかった。ゴルフは仲間が多いほどおもしろい。調子はどうだね?」
「いい」
「それはよかった」
 そのとき、横手からゴルフ支度のジョージが現われる。
「よお! サム・マッコードじやないか、偶然だね。一緒に遊ぼうよ」
「うん、いいよ」
 真紅のサムを真ん中に挟んで、3人は町外れにあるコーンウォース・ゴルフクラブまでの道のりを、他愛ない冗談など飛ばし合いながら、のんびりと散歩を続けるのだった。サムが軽度のアルツハイマーになってから2年、症状は少しずつ進行している気配だが、子供のころから親しんできたゴルフに対する熱意に限って翳りが見られず、週に2度ほど不意にゴルフ支度を始めるのだった。
 そのたび2人の親友が大忙し、雑貨屋のウィリーと自動車修理工のジョージは、やりかけた仕事を投げ出して大急ぎゴルファーに変身すると、いかにも偶然を装ってエスコート役に徹してきた。スコットランドのマザーウェルに生まれた3人は、年齢が近いこともあって少年時代から仲が良く、さらに長じて3家庭の妻君同士もまた姉妹のように仲良しだった。
 グラスゴーの地方局が作成したドキュメンタリー番組「親友(グレート・フレンズ)」では、町の人々が撮影したスナッブ写真の数々も紹介された。カートを引いてコースへ向かう3人の初老の男、サムの赤い帽子を直してやるウィリー、交叉点の車を手で制してサムの安全に配慮するジョージ。
 全長5955ヤード、パー69、1907年に設立された野趣溢れるコースは、アルツハイマーの患者にとって安全な場所とは言えなかった。いくつかの野ウサギの穴が陥没して出来た深いバンカーと、かつてのクリーク跡がⅤ字形の側溝となって残る2カ所が、とくに危険だった。
 あるいは3人の妻君のうちの誰かがカメラを持って追ったのか、コース内での寸景も紹介されていく。さりげなくティアップに手を貸す2人、うまく飛んだのか、サムの扁を叩いて笑うジョージと、驚いてみせるウィリー。そうかと思うと、親友2人が深いラフの中を這い回っているというのに、ぼんやり高い雲に見とれるサムの童画的シーンも登場する。とくに印象的なのが、壮大な夕焼けを背に、3人が影絵となって家路につくおだやかな光景である。横を通る車の窓から手が振られ、通りの向こうを行く老夫婦も笑顔で手を振っている。いかに人々が彼ら3人の友情を町の誇りとしてきたか、1枚の写真に愛情と善意が濃縮されて感動せずにはいられない。

 やがてある日、コースの理事から素晴らしいニュースがもたらされた。
「クラブ設立75周年コンペの日が、どうやらサムの誕生日に当たるらしい。そこで相談だが、第1組に彼を迎えようではないか。もちろん症状については知ってるよ。スコアなんて二の次だ。当日は2人の名誉会員にサム、もう1人はウィリー、きみに参加してもらいたい。ジョージは第2組に入って、うしろからエスコート役に回ってもらおうか」
「喜んで! いますぐサムの妻君に知らせよう」
 ウィリーは当日、サムの家族と近在のゴルフ仲間にも参加を呼びかけた。また、この日初めてドキュメンタリー番組のカメラもコースに入ったが、遠景とうしろ姿はとらえても、サムの顔にレンズを向けることはしなかった。
 さて、記念すべきコンペの朝は、いかにもスコットランドらしい鉛色の雲がたれ込めて、ひんやりする風がコースをよぎる生憎の天気だった。1番ティに現われたサムは、いつも通りの赤帽に赤シャツ、その上から赤いウインドブレーカーをかぶって不安な表情だった。彼はウィリーがティアップしたボールに向かって小さく2度スウイングを試みたが、うまく当たらず、手前の芝が飛び散った。
「いいぞ、サム、申し分ない。今度は俺の番だ。さあティから降りて待っててくれよ」
 残していったボールはウィリーが打って、拍手に送られながら第1組がスタートしていった。サムはときに打つ真似をすることもあったが、はとんどの時間、小さな歩幅でウィリーのあとに従うだけだった。それでもグリーンに到着して、カップから2メートルほどの場所にボールを置いてやると、なんともお見事、それを一発で沈めてみせた。
「凄いじゃないか!」
 ウィリーに抱き締められて、サムは珍しく声を出して笑った。事情に疎い名誉会員の1人が、スコアカード片手に小声で尋ねた。
「そちらの病人さんの場合、スコアはノーカウントだね?」
 次の瞬間、温厚なウィリーが生まれて初めて激怒した。それは誰も見たことのない光景だった。
「な、何を言うか! ここにいる男は病人さんじゃない。人生の大半、町のために尽くした偉大なる公務員、サム・マッコードが彼の名だ。それからサムは、いつだって1番ホールが5に決まっている。昔から、こいつは1番が苦手なんだ。いいか、彼に対する無礼は断じて許さないぞ」
 ウィリーは泣きながら叫んでいた。友情のあまりの深さに誰もが息をのみ、目頭を押さえる者もいた。
 それから半年後、サムはあの世に旅立っていった。番組のナレーションはジョージの次なる言葉で終わっている。
「何を以って成功した人生と言うのだろう。富?名誉? いや、いずれも真の幸福とは無縁のものだ。人生の中で真の友と出会い、日々、心の贅沢に浸ることが出来たならば、富も名誉も色褪せた話の一つに過ぎないと思うよ」
  

2007年08月09日

今もきこえるあの子守唄

昨日あったんですよね、美輪明宏の音楽会。

いやぁ、これは見るべきだ!と思ってたのですが、いかんせん「仕事」というものが邪魔をして。

まぁ、その「仕事」があるから今の私は生活できているわけで。
「次の機会」を待ちつつ、今回は諦めた次第。

そんなオイラ、結構昔から好きだったりします、美輪センセイicon


『人生ノート』、忘れもしません。北予備(浪人)時代、読んだ事があって。
「人生はプラス・マイナス・ゼロ」、この言葉に救われてました。
(昔は今以上に出来ない子供だったんでねぇicon

好きな一節があって。

「孤独にもいいところはたくさんあるのです。気楽で、のんびりできて、自由に行動できる大らかさです。そうです。自由。これほど素晴らしいものは、この世にはないのです。」

これ、心に留めてます。
今日の日記(これで3つ目)を見て頂いても分かるように、好きなことやらせてもらってます。
でも、それに固執しすぎてもいかんなぁ。。。と思いつつ。でも、相手なんていつかは・・・とのんびり構えて。


あぁ、実際に「ヨイトマケの唄」聞きたかったなぁ。それが心残り。

  

2007年08月05日

『優しい歌』

昨日はミスチルのライブだったです。それはそれは素晴らしいものでした。
そんな彼らの詩を集めた本があるので、今日はそれを紹介しようかと。



『優しい歌』というタイトルです。
本というのは面白いもので、読んだその時々で印象が違ってくるんです。
これもその一つで、昔読んだ時に何も響かなかった歌詞が、改めて読んだ時に「おーっ」と思えたり。

一度じっくり詩の世界に浸るのも良いかもしれませんよ。
あたしゃどっぷり浸かってしまってますがw


あ、前回の日記。あれ、ミスチルが歌った曲の歌詞の一節を使って書いてみました。
ゆっくり調べる時間があれば、セットリストが分かるって仕組みなんですが・・・
なんでこんなにメンドクサイ事をしたのか、寝て起きたオイラには理解しかねるのでした^^;  

2007年07月18日

リアル安倍晋三。



行きました。ミーハー根性丸出しで見に行きました。

大多数の警察官、そしてSPに取り囲まれ、安倍晋三内閣総理大臣、大いに語る。

あんね、面白かったですよ。話を聞くのも、周りを見るのも。

進行役の方が確実にアトゥーイのですが
さすがは一国の主たるお方、言葉に力があるんですよ。
テレビ以上に伝わってきました。
(スピーカーの向きや距離の関係で、実際には所々しかはっきりと主張が聞こえてこなかったのですが、口振りなどから、こうね、「オーッ」と聴衆に思わせるものをお持ちでらっしゃいました。)

参院選、どうなることやら。

ついでに。政治家と言葉の関係についての本を。


『言語学者が政治家を丸裸にする』(東照二著)


この著者、「視点・論点」で何度か拝見して、興味を持ってたので手に取ったのですが、本の内容も実に面白いものでした。
言葉で語る事を主とする政治家の方々の特徴を、分りやすく説明してくれてます。
機会があれば、一読、どうでしょう?
(さすがに単行本だと高いので、オイラがお貸し致しますよ♪)  

2007年07月18日

哲学は何の役にも立たない。

 

何をしても自分も他人もごまかせなくなり、-人間の美しさや素晴らしさに対する感受性も増しますが-、それ以上に(自分も含めた)人間の醜さ・狡さ・欺瞞性がクッキリと目に染みるように見えてきて、精神生活はたいそうキツクなる。世間と(精神的に)たえまなく対立するようになり、処世術を誤ると、いつか完全に世間から排斥されてしまう危険さえあります

~中島義道『哲学の道場』(ちくま新書)より引用~

つまりはこういう事なのです。それでも諦めて、我慢して、「今を生きる」しかないのです。

「俺は俺を肯定する。」
ただ、それだけ。



(別に深い意味を持たない日記なので、詮索なされるな。)  

2007年04月15日

朝のリレー



カムチャッカの若者が

きりんの夢を見てるとき

メキシコの娘は

朝もやの中でバスを待っている

ニューヨークの少女が

ほほえみながら寝がえりをうつとき

ローマの少年は

柱頭を染める朝陽にウインクする

この地球では

いつもどこかで朝がはじまっている


ぼくらは朝をリレーするのだ

経度から経度へと

そうしていわば交替で地球を守る


眠る前のひととき耳をすますと

どこか遠くで目覚時計のベルが鳴ってる

それはあなたの送った朝を

誰かがしっかりと受け止めた証拠なのだ


                                  (文 谷川 俊太郎)
                                  (画 與那覇 朝大)